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<連載>磐城46年ぶりにセンバツ!「無限の彼方へ」(全3回)

2020年03月14日(土)更新

第92回選抜高校野球大会の21世紀枠として、磐城が春、夏通じて10回目の甲子園出場を決めた。磐城ナインが昭和49年春以来、46年ぶり3度目のセンバツ切符を手にするまでの軌跡を追った。


※大会は残念ながら、新型コロナウイルスの影響で中止となりました。


3.コバルトブルー聖地で躍動を


昨秋、磐城は優勝した昭和48年以来、東北大会で2勝した。だが仙台城南(宮城)との準々決勝で最後の追い上げもむなしく力尽きた。自力でのセンバツ出場を逃すも、私学台頭の東北の舞台で県3位から堂々の8強入り。当時、台風19号で被災した市民に元気と勇気を届けた。


21世紀枠の最終選考で、台風で被災したいわきでの献身的なボランティア活動などが評価され、出場切符を手にした。加えて、平一小の放課後児童クラブで小学生とふれあい、野球人口拡大に一役買ったことも評価された。


センバツ出場決定から2日後の日曜日。聖地入りを控えた後輩を激励しようと、OBの相沢健生さん(順天堂大・3年)がグラウンドを訪れた。相沢さんは富岡町出身。東日本大震災による原発事故の影響でいわきに避難した。


磐城高在学時は主将を務め、チームの大黒柱として活躍したが、聖地には届かなかった。だが、実は後輩より先に甲子園の舞台に立っている。平一中1年次、センバツの84回大会で3日目の始球式の大役を務めた


第1試合に臨む鳴門(徳島)のバッテリーから「頑張って」と声を掛けられた。「始球式だけじゃなく、復興への激励に聞こえた」(相沢さん)。その後、中学軟式野球のいわき選抜チーム「いわき松風クラブ」13期生の主将を務めるなど、第二の故郷で野球の礎を築き、現在も大学で野球を続ける。


磐城の部訓は「Play Hard」。全力疾走、全力プレーはもちろん、文武両道と何事にも全力で取り組む。選手たちは27日の練習でいったん、区切りをつけ、2月4日から4日間行われる学年末考査に向けて、テスト勉強に入った。最終日の7日、試験を終え、野球に飢えた選手たちがグラウンドに帰ってくる。


「甲子園の舞台でコバルトブルーのユニホームが躍動する姿を披露してほしい」。センバツ出場を決めたあの日、木村保監督は報道陣の囲み取材で、こう締めくくった。


相沢さんが聖地のマウンドに立った翌春、85回記念大会でセンバツ出場を果たしたのが、いわき海星だ。磐城と同じく21世紀枠で出場。春、夏通じて初の甲子園の舞台に立った。


震災でグラウンドが壊滅的な被害を受けながら、選手16人が気持ちを一つにし、聖地に乗り込んだ。遠軽(北海道)との21世紀枠同士の直接対決で惜敗を喫したが、戦後最短試合となる1時間16分も記録。きびきびとしたプレーで、被災した県民に笑顔を届けた。


昨秋の台風19号から、3カ月余たつ。今も自宅に戻れない市民にとって、磐城のセンバツ出場の知らせはさらなる元気と勇気をもたらしたはずだ。


昭和46年夏の準優勝という輝かしい功績を残しているだけに、OBをはじめ、周囲の期待は膨らむ。そんな中、相沢さんは「けがをしないよう、頑張ってほしい」と後輩をねぎらう。「まずは悲願の春1勝を目指してほしい」と―。


写真は、センバツ出場を決めた磐城ナイン。悲願の春1勝に向けて走り出した(クリックで拡大)



2.エース沖、自分が抑え勝利を


1.台風被害乗り越え大きく成長

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