2020年3月12日(木)

■クレハ環境の事業部門に最高賞・プラチナ賞 優秀安全運転事業所表彰

自動車安全運転センター(本部・東京都千代田区)の優秀安全運転事業所表彰の対象事業所が先ごろ決まり、いわき南署管内ではクレハ環境(本社・錦町四反田、佐野健代表取締役社長)の技術開発本部環境エンジニアリング事業部が最高賞のプラチナ賞を受賞した。表彰伝達式が12日午前、同署で行われた。

表彰は、自動車安全運転センター法に基づき、運転記録証明書を20件以上一括申請、交付を受けた同証明書の分析結果を活用するなどし、交通違反や交通事故の発生を防いだ優秀な事業所や団体を表彰する制度で、年3回実施している。

今回は9〜12月の第3期申請分の表彰となり、3年連続で優秀な成績を残しプラチナ賞を受賞した同環境エンジニアリング事業部のほか、クレハ環境本社と同社ウェステック事業部が銅賞を受賞した。同環境エンジニアリング事業部は環境関連のプラント機器、装置の設計・施工を展開し、営業、技術メンテナンス活動などで社有車を使用している。

同事業部は社員44人が証明書を申請。日々のヒヤリハットの抽出作業と安全唱和、同署の協力を得た交通安全講話を行うなどし、交通安全意識の高揚に努めてきたという。

表彰伝達式には松岡毅常務執行役員環境エンジニアリング事業部長が出席し、佐藤善則同署長から林学県警本部長、種谷良二同センター理事長連名の表彰状と盾を受け取った。松岡部長は「この名誉に恥じないよう交通安全に努めたい」と語り、地域の模範として今後も尽力することを約束。

また、銅賞を受賞した本社からは鬼頭淳常務執行役員環境安全本部長も出席し、斎藤恒一同センター県事務所長から表彰状と盾を受け取り、交通事故ゼロに向けて全社を挙げて精進することを誓った。

写真は、斎藤所長(左)と佐藤署長(右)から表彰を受けた松岡、鬼頭両常務(中央左から)=12日(クリックで拡大)

■センバツ中止 磐城・木村監督「21世紀枠誇りに」

日本高野連は11日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、大阪市で第92回選抜高校野球大会の臨時運営委員会を開き、無観客での開催を準備してきた選抜大会の中止を決めた。選抜大会は太平洋戦争の影響で1942〜46年に中断したが、予定されていた大会が中止となるのは今回初めて。

高野連の決定を受け、21世紀枠で46年ぶり3度目の出場が決まっていた磐城は同日夕、会見を開いた。木村保監督は「中止は残念だが、主催者側が最後の最後まで、子どもたちの夢実現のために準備をしてくださったことに感謝したい」と語った。

日本高野連は4日の運営委員会と臨時理事会で、19日に開幕を予定していた第92回選抜高校野球大会の通常開催は断念したが、無観客での開催の道を模索していた。好転しない情勢により、その方針は一変。新型コロナウイルスは感染拡大の一途をたどり、見えない恐怖は高校球児たちが聖地に立つ夢も阻んだ。

未曽有の災害をもたらした東日本大震災から9年を迎えた11日。磐城高百年記念館では午後6時20分すぎ、大会中止決定の報告を受け、阿部武彦校長、木村保監督が報道陣の前に、沈痛な表情で顔を出した。

高野連の会見に先立ち、大会中止決定のニュース速報が流れ、木村監督のもとに放送を見た関係者からの連絡が入ったが、指揮官は開催を信じていた。

同5時50分ごろ、大会本部から正式決定の通知が届き、すべてを受け入れた。「仕方がない。その一言に尽きる」と木村監督。岩間涼星主将(2年)に中止決定を報告すると「はい、分かりました」と答えたという。

県教委の部活動自粛の方針に従い、同校は4日以降、自主練習で聖地での戦いに備えていた。その後、選手の保護者らの尽力で、市内の運動施設も確保。7日は指揮官自らがその施設に足を運び、選手たちと顔を合わせた。

だが、その日の夜、市内初の感染者が確認。県の発表を受け、翌8日の練習中止を促すなど、万全を期し、聖地での戦いに備えていた。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、同校では野球部に先立ち、テニス部、全日本アンサンブルコンテストに出場が決まっていた吹奏楽部が全国の舞台に立つ夢を阻まれた。このほか、東北選抜大会も軒並み中止となった。

阿部武彦校長は「感染拡大の収束を期待していたが、マイナス要因が増え続けた。そんな中、野球だけが―という社会情勢を突きつけられた」と結果を受け止めた。

気持ちを新たに、夏に向けて再始動したいが現在も自主練習のみで、合同練習の再開は未定だ。「彼らは自分に向き合い、大好きな野球と勉強に取り組んでいる。21世紀枠に選ばれたことを誇りに思ってほしい」と木村監督。

「お前たちが悪いんじゃない。だが、誰かが悪いわけでもない、と言ってやりたい」と25年ぶりの夏の甲子園出場に向けて、前を向いた。

写真は、会見で報道陣の質問に答える磐城の木村監督=11日夕方(クリックで拡大)

■震災から9年 アリオスで市主催の追悼式

東日本大震災の発生から9年となった11日、いわき芸術文化交流館「アリオス」で、市主催の追悼式が行われ、遺族ら87人が出席した。式典では、午後2時46分の地震発生時刻に合わせて黙とうした後、清水市長が「いかなる困難が待ち受けようとも、震災からの復興・創生を必ず成し遂げる」と述べた。

遺族代表として、平沼ノ内の塾経営・鈴木貴さん(44)が追悼の辞に立った。鈴木さんは震災で、長女・姫花さん=当時(10)、母・明美さん= 当時(62)=を失った。

東日本大震災によって、いわき市では468人(直接死293人・死亡認定を受けた行方不明者37人・関連死138人)が亡くなっている。2月発表の統計で、関連死1人が追加された。

写真は、追悼の辞を述べる鈴木さん=11日午後(クリックで拡大)

■平薄磯でも亡き人しのぶ まちづくりの復興目指す

東日本大震災による大津波により、地区民約120人が犠牲となった平薄磯地区では震災から9年の11日、平薄磯の修徳院(猪狩弘栄住職)そばの薄磯区物故者慰霊碑前で、物故者慰霊法要を執り行った。

今回は新型コロナウイルス感染拡大の影響で規模を縮小。当初の予定より、開始時間を45分遅らせ、慰霊碑前で法要を執り行った。猪狩住職による読経のあと、鈴木幸長区長をはじめ、参列者が焼香し、手を合わせた。午後2時46分に合わせ、参列者全員で黙とうを捧(ささ)げた。

法要後、薄磯海岸に移動。猪狩住職をはじめ、福島第1教区智山青年会の僧侶が冷たい海の中に入り、参列者の名前が書かれた紙塔婆を流し、犠牲者の冥福を祈った。

薄磯区は震災前とは一変。総合的な防災力が向上した防災緑地を備え、他の町からの移住者も増えているという。鈴木区長は「(ハード面の)復興は終わったが、今後はまちづくりの復興を目指したい」と前を向いた。

写真は、塩屋埼灯台の眼下に広がる薄磯海岸で紙塔婆を流す僧侶たち=11日午後(クリックで拡大)