2019年12月25日(水)

■聖火リレー 市町村ごとの県公募枠発表 いわき市は渡辺さん(四倉中)

2020年東京五輪の県実行委員会は25日、聖火リレーに向けて、県内59市町村にゆかりのある各1人を決める「公募枠」のランナーを明らかにした。いわき市からは四倉中2年の渡辺陽瀬さん(14)=四倉町=が選ばれたほか、いわき市に関係する人として、浪江町でいわき総合高教員の池田泉さん(47)=小名浜、南会津町で医療創生大2年の渡部陽稀さん(20)=郷ケ丘、平田村で福島高専1年の阿部泰聖さん(16)が選出された。

聖火リレーは来年3月26日、Jヴィレッジ(楢葉、広野町)をスタートし、同28日までの3日間、県内25市町村・260区間(約49・7キロ)を巡る。いわき市は初日の同26日に実施される。なお東電福島第一原発に伴い、全町避難が続く双葉町に関しても、避難指示解除の状況に応じ、ルート入りが協議される。

県オリンピック・パラリンピック推進室によると、公募枠に当たっては福島県の代表として、▽本県(地域)の現状や魅力を発信するのにふさわしい人▽県民(住民)に夢や希望、元気を与えることができる人▽その他(リレーの盛り上げに資する人、地域の未来の担い手となる人など)――を要件とした。

東京五輪の組織委員会では25日、大会スポンサー枠の応募者らを含め、聖火リレーのランナーに対し、正式決定を通知し、走行する都道府県や走行日を伝達した。

実施時刻や、県内で起用される著名人枠については、来年1月に公表される予定。

[渡辺さん 五輪に関わることができて光栄]

いわき市の公募枠に決定した渡辺さん。「五輪は世界的なビッグイベント。聖火リレーのランナーとして、関われることはすごく光栄」。県から届いた封筒に書かれた五輪の文字に、まさかと思いつつ、家族が見守る中で開封すると、聖火リレーのランナー内定の連絡が入っていた。

渡辺さんは小さい時から走るのが大好きだったが、東電福島第一原発事故の影響で、外で遊ぶ機会は多くなかった。転機となったのは、小学3年の時に入った「ドリームキッズランナーズスポーツ少年団」。いわき陸上競技場を中心に、週2回の練習に励んでいる。

四倉中では特設陸上部とテニス部に所属。陸上での種目は100bだ。実は五輪選手とは縁が深い渡辺さん。味の素スタジアム(東京都調布市)で行われたイベントに参加した際、リオデジャネイロ五輪400メートルリレー銀メダリスト・ケンブリッジ飛鳥(26)と、隣同士のレーンで100メートルを走る機会に恵まれた。

走り終わった後、ケンブリッジは渡辺さんに「イエーイ」と声をかけてきた。自分も100メートルを種目にしていると話すと、「頑張ってね」とエールを送られた。

地元での活動にも、渡辺さんは熱心に取り組んでいる。東日本大震災の被災地をつなぐ「未来(あした)への道 1000km縦断リレー」や、いわき市と広野、楢葉町の子どもたちによる模擬聖火リレー「夢をつなごう!復興リレー2018」にも参加した。地域とのつながりも大切にしており、ドリームキッズランナーズスポーツ少年団の仲間と、「四倉ねぶた」にも臨んだ。

「自分が走ることで、元気が届けられたらうれしい」。震災の記憶は就学前であまり無いが、自宅の庭先まで津波は押し寄せた。古里が復興に向かう姿は、成長とともに実感している。

将来は陸上選手として飛躍し、指導者として子どもたちを育てる夢を持つ。「自由にスポーツを楽しんだり、体を動かせる施設をつくりたい」と展望を語る。

こうした経験や思いを志望動機にまとめ上げ、聖火リレーを射止めた。いまから本番が待ち遠しい。

写真は、県公募枠でいわき市から選ばれた渡辺さん(クリックで拡大)

■いわき市関係の聖火ランナー

2020年東京五輪の聖火リレーに向け、25日に発表された県公募枠のランナー。四倉中2年・渡辺陽瀬さん(14)=四倉町=に続いて、いわき市関係として、浪江町のいわき総合高教員・池田泉さん(47)=小名浜、南会津町の医療創生大2年・渡部陽稀さん(20)=郷ケ丘、平田村の福島高専1年・阿部泰聖さん(16)を紹介したい。

[池田さん 感謝の思いで古里駆ける]

浪江町の聖火リレーランナーとして、いわき総合高教員の池田泉さん(47)=小名浜=が選ばれた。

「浪江町が元気なことを広く知ってもらい、震災でお世話になった方々に頑張る姿を届けたい」と池田さん。東日本大震災・東電福島第一原発事故からの復興を目指す古里を駆ける。

池田さんにとって欠かせないスポーツは、東京五輪で復活した競技でもあるソフトボール。小学3年の時から取り組んでおり、浪江高では平成2年、遊撃手のポジションで第8回全国高校選抜大会に出場。同じ年のとびうめ国体(福岡県)では準優勝を果たした。

30歳の時に高校教員となり、初任地の磐城農業高からソフトボールを教える。「いわき市は、指導者としての土台をつくってくれた第二の古里」と笑う。念願かなって母校・浪江高に赴任していた際、震災・原発事故に遭った。

原発事故によって、浪江高での部活動の継続が困難になるも、多くの人に支えられて続けられたと振り返る。浪江高は平成29年3月をもって休校となるが、池田さんはいつか再開する日を夢見て、仲間とともにグラウンドを整備した。

いわき総合高でも、ソフトボール部の顧問だが、少子化の影響もあって部員は2人しかおらず、今年は磐城、磐城桜が丘高と合同チームとなった。それでも「一生懸命教えることが復興の一つ」と考え、県総体では4強に導いた。

「ソフトボールは人生そのもので、誰かのために取り組める競技」。仲間とのつながりはいまでも大切にしている。

古里について問うと、池田さんは「自然しかない町だが、その自然がつくってくれる人柄や景色が好き」と相好を崩す。「一生に一回あるかないかの経験なので、じっくりかみしめながら大事に走りたい」と声を弾ませていた。

[渡部さん 南会津の代表に使命感持つ]

医療創生大2年の渡部陽稀さん(20)=郷ケ丘=は、南会津町からの聖火リレーのランナーとして選ばれた。旧田島町生まれで、南会津高から医療創生大(旧・いわき明星大)に進学した。

家族から推薦されて決まったため、「内定結果の写真が送られてきた時はびっくりした」と笑う。

中学校からスキーを始め、高校でもスキー部に所属。アルペンスキーのスラローム、ジャイアント・スラロームで高校総体(インターハイ)に2回、国体に3回出場した実績を有する。

大学入学後にスキー愛好会を立ち上げ、いまの部員は17人。「スキーは生涯スポーツとして楽しみたい」と話す。

医療創生大に進学した理由は、英語教員になるためだ。高校時代に英語の楽しさを教えてくれた恩師に心打たれ、自分もそうなりたいと誓った。もちろん子どもたちに、スキーも指導したい。

五輪選手とも縁がある。2014年ソチ、2018年平昌冬季五輪で、スノーボード男子ハーフパイプ銀メダルの平野歩夢(21)が南会津町を訪れた際、交流する機会を持った。

「責任感や使命感を考えながら、南会津町の代表として恥ずかしくない走りを届けたい」と渡部さん。世界的なアスリートの祭典に、古里の一員として花を添える。

[阿部さん 東京新種目の空手に興味]

福島高専機械システム工学科1年の阿部泰聖さん(16)は、自宅がある平田村からの聖火ランナーとして選ばれた。

姉と妹に挟まれた長男の阿部さんは小さいころ泣き虫だった。そこで強くなりたいと思い、習い始めたのが空手だ。村の道場だけでは稽古量が足りないと、隣の石川町まで出かけた。

そのかいあって中学2年のとき、全世界青少年空手道選手権大会に出場した。会場は東京体育館。その隣に建設中の新国立競技場があった。もちろん当時、そこへトーチに燃える聖火を届ける1人になるとは思っていない。

たくましく育った中学時代は生徒会長を務め、野球部と特設駅伝部に所属。ふくしま駅伝では村の代表メンバーとして走った。

福島高専を選んだのは「廃炉作業を進めるため遠隔操作ができるロボットを作る」ことが動機。中学のとき、福島高専主催のロボット競技会に出場したのが興味を持ったきっかけとなった。

今回の東京五輪では、空手が新採用となるだけに関心は大きい。コース途中で福島高専が見えるいわきを走らないが、「これから一生走ることのないチャンスをもらえたので、多くの人の代表としてしっかり走りたい」と誓った。

写真は、左から池田、渡部、阿部さん(クリックで拡大)

■サンマ水揚げ過去最低に 最盛期に比べ約78分の1以下

今季のサンマ漁が18日でほぼ終了し、県水産海洋研究センター(小名浜下神白)では25日までに、本県の水揚げ状況をまとめた。

全国的にみても今季は記録的な不漁で、福島県では統計が残る昭和46年以降で最低を記録した昨年の62%となる約483トンにとどまり、過去最高の約3万8009トンが水揚げされた平成3年と比べ、およそ78分の1以下という低水準に終わった。

同センターの海洋漁業部によると、過去10年の統計では平成22年に約5001トンの水揚げを数えたが、今季は実に10分の1以下となった。

しかし平均単価は1キロあたり208円と過去10年で最も高くなり、水揚げ金額は約1億100万円とほぼ前年並みに。ご祝儀相場、水揚げ減に伴い希少価値が高まったことが反映されたと考えられる。

全さんま(全国さんま棒受網漁業協同組合)が6日に公表した全国の水揚げ状況(11月30日までのまとめ)の統計では、1キロあたりの単価は324・3円(昨年同時期189・6円)と高値が付いたが、水揚げ金額は昨年の55%止まりとなっている。

また小名浜港の初水揚げは例年9、10月だが、今季は過去10年で最も遅い11月16日に。群れの南下がにぶく漁場が沿岸から離れたことに加え、宮城県・女川港、千葉県・銚子港など大規模港での水揚げのほうが高値が付き、さらに本県の受け入れ態勢の厳しさが影響した。

全国規模の不漁についてはさまざまな要因が考えられるが、国立研究開発法人水産研究・教育機構東北区水産研究所八戸庁舎(青森県八戸市)による漁期前の調査では、例年であれば対馬列島を南下する群れが今季はほぼ確認されなかった上、シーズンを通しても魚影は薄く、最盛期の8〜10月に魚群が遠方沖合に形成されていたことが不漁につながった。

個体数の減少についてはサバやイワシが数十年周期で世代交代し増減を繰り返すように、同庁舎では「サンマも減少時期に入ったのではないか」と指摘。さらに「個体が減少している中で、(公海上での外国船籍の)漁獲量拡大が追い打ちを掛けている可能性は捨てきれない」とも警鐘を鳴らす。

一方、沖合に魚群が形成された要因としては海水温の上昇に加え、増加の周期に入り沿岸域に増えたマイワシやマサバの群れをサンマが嫌がったことも考えられるという。

いずれにせよ、地球温暖化の問題を含めてサンマの生態や黒潮の流れ、北太平洋上の海洋環境の変化を相対的に調査分析していくことが求められる。

県内では近年、サンマ漁を廃業せざるを得ない船主が相次いでいる。不漁が続き漁獲単価が上がれば、一番に影響を受けるのは仲買人や加工業者。企業努力にも限界があり、やがては市場価格にも大きな影響を与えかねない。

かつての「庶民の味方」は高級魚路線を進み、一般家庭の食卓から消えていくのもそう遠くはない。